何もできないので、仕事ばっかりやっています
今は、金を稼ごう
働いていると、自分をわかって欲しいと思っている主張の激しい人もいます
僕は、ほぼ主張してないです、かなり分けて考えているし、
でも、正直、すごく横柄な態度を取られるときは、本当にしんどいです。
自分の活動は誰にもわかってもらえないし、Snsで発言したりしてつながっている誰かには、
ほぼ会っていないので、世界が真っ二つにわれているような、現実世界に僕は生きている
ところで、その真っ二つにわれている、今の現実世界の、裏の現実世界で、
上映があります。
ブエノスアイレスの
マル・デル・プラタ国際映画祭
に、ビデオレターに参加した中で選ばれた人々で参加することになりました。
どんな上映になるのか楽しみです。
スペイン語字幕を作ってくれるそうです。
会期:2020/11/21 ~ 2020/11/29
今年は、online上映のようです
https://www.galacollection.com/?pid=20350432
そして、もう一つは、
Paris internationaleというパリで行われるアート展示に10月20日〜29日まで参加
することになっています。
が、これも自分が不在なので、寂しいし、ほぼ参加している感覚を味わえないです
そういえば、展示や上映に参加していても、僕は何年も前からフィジカルな体験が減っている
だから、上映イベントをやりたいと思うようになったのです。
その意味で、今の状況はそれもできないし、しんどいです。
しんどいのは、今みんな一緒かな、
みんなしんどいから、頑張りましょう、という以外ありません。
なので、仕事を探している人や逆に仕事をしないで喜んでいるアーティストもいるかもしれないけれど、
何が良いのか、わからない世の中になっていますね
こんなことも考えていた、
理系が食える世の中にどんどんなっている?
文系は、言語系を司る人々だとすると、国際的に関わることができない今、
仕事がない?そして、将来的にも、厳しいと思う人が増える?
そうすると、少しづつ衰退していく???
新しい進化の形になっていくこともありうるのでしょうか。
でも、文章を理解するのが早ければ、理系的な解読にも通じて来るわけで、
相互のものだと思うけど、
ただ、文学的な国語能力と、分析的・理性的な国語能力って、やっぱり違うように思う
僕、ドイツ語で、文学読んでもさっぱりわからなかったけど、ニュースとか読むと超わかりやすかった
日本語だと、文学の方もかなり面白く読める、語彙力や訓練もあるけど、
文学ってやっぱ、柔らかいような気がするんですよね
僕は、高校は実は理系だったので、不思議なことに今なっているのですが
ま、でも映像って、一体なんなのだろうと、そこらへんの視点から考えるのです
カメラマンは、工学系の人が多いような気がする 機械いじりが好きな人
ディレクターは、文章を読める人じゃないとダメ だし、全体を見て、
気を使える人 でしょうか もちろんビジョンがある人
編集は、忍耐強くて、ゲーム感覚でプログラムを扱える人かな〜〜
などなど、前から思っていたこと
はい、コロナにもどすと、またいつか、もうちょっとどうにかなるように
そんな世界がくることを本当に祈ります
0 件のコメント:
コメントを投稿