ジガヴェルトフが博論の軸の一つなので、ジガヴェルトフ集団の映画を全部見た。10本。「ありきたりの映画」だけ、途中脱落してしまった。ここまで見て思うのは、博論とは別な話だが、やはり、1960年の「勝手にしやがれ」からヴェルトフ集団までの全速力と、2回目の全盛期である1979年の商業映画復帰作「勝手に逃げろ人生」以降を、しっかり見た方が良さそうだ、と気づき、それが、以下15本は、やはり見ておかないと、とおもいなおし、この春休みの課題となる。(ちなみに以下7本は、勝手にしやがれ、気狂いピエロ、中国女、ヒア&ゼア、自画像JLG、映画史、ゴダール・ソシアリスム、は過去に見ていた)(合計17本、まだ先は長い・・・)
カラビニエ (1963年)
軽蔑 (1963年)
はなればなれに (1964年)
恋人のいる時間 (1964年)
アルファヴィル (1965年)
男性・女性 Masculin féminin (1966年)
メイド・イン・USA Made in USA (1966年)
彼女について私が知っている二、三の事柄 Deux ou trois choses que je sais d'elle (1967年)
勝手に逃げろ/人生 Sauve Qui Peut (la vie) (1980年)
パッション Passion (1982年)
カルメンという名の女 Prénom Carmen (1983年)
ゴダールのマリア Je vous salue, Marie (1985年)
ゴダールの探偵 Détective (1985年)
フォーエヴァー・モーツアルト For Ever Mozart (1996年)
愛の世紀 Éloge de l'amour(2001年)
ーーーーーーーーーー
ジガヴェルトフ集団:
1967年「ウィークエンド」
おしゃれで優雅なブルジョア夫婦の週末、異常な事件の数々が巻き起こる。最後は、突然ベトナムの解放戦線を模したゲリラ集団に誘拐され、これまで制作した素敵なゴダール映画の終焉を予告する感じ。悲劇的なコメディ。
1967年に休止している?同年8月、商業映画との決別宣言文を発表。
1968年ジガヴェルトフ集団結成。
1968年「ありきたりの映画」
同年にゴダールがジャン=ピエール・ゴランと結成した「ジガ・ヴェルトフ集団」名義の第1回作品とした。学生が労働者との共闘について真剣に話し合う言葉に、労働者のストのフッテージが重なる。
学生の後ろ姿が中心に議論とストのアーカイブのフッテージが重なる。5月革命時?
途中で脱落。
1968年商業映画との決別宣言文を発表後、10月に撮影を開始。
「たのしい知識」
テレビで放映されるはずだった映画。
その時代の学生闘争や政府への目線などが闘争というキーワードを元に描かれる。
二人の男女が中心に会話とコラージュの組み合わせ。ゴダールには珍しいポップな広告などが出てくる。
個人的にはこのコラージュかんが好き。
1969年3月「ブリティッシュサウンズ」
1969年3月「プラウダ」
1969年6月「東風」
1969年12月「イタリアにおける闘争」
1971年「ウラジミールとローザ」
革命喜劇。ジガヴェルトフ集団の最後の映画。
革命を思考する被告たち。ブルジョアジーと労働者の話を、事件の模擬裁判を使って被告や囚人という視点で描く。
1972年4月に劇映画に復帰し「万事快調」を制作、その公開で批判され、その1ヶ月後に、ジガヴェルトフ集団は解散。
1972年「万事快調」
非常に厳密にカメラワークが決められた映画。縦移動は無しで、横移動と固定のみで撮影された、過去の映画のような労働者階級対資本家の映画。
1960年代に勝手にしやがれから、1960年代のゴダールの個性が駆け抜け、15本を撮り、そこから脱却し、新しい映画を目指して、過去のスタッフを捨て、ジガヴェルトフ集団で映画制作を行っていたが、その終焉を予告するような、批評家からの厳しい批判。過去の映画のようだ、ゴダールの個性はどこへいった?
その後、一人での映画制作へ入ることになる。
1972年「ジェーンへの手紙」