2026年2月13日金曜日

 2026年2月17日(火) に鈴木光さんの博士学位論文最終試験が行われます。

どなたでも聴講可能な一般公開の審査会になります。ご興味のある方はご参加ください。
博士学位論文最終試験

【発表者】
博士課程 鈴木光

【論文題目】
美術と映像「エッセイフィルム論」

【概要】
 本論では美術と映像が交錯する「エッセイフィルム」について、考察を深め、この領域を拡張させることを目的とする。そもそも、未だ日本国内で芸術実践論として、作家側からのこの方法論の研究があまり進んでいない状況から、まずはこのジャンルの西洋諸国における歴史や変遷を紐解き、成り立ちや、何がその方法を使用した作品であるのか、研究し明確にする。そして、日本での独自のエッセイフィルム文化の形成について年代ごとに研究を進める。最後に、実際に自作を制作することで「芸術実践論」の観点から、エッセイフィルム論を論じる。
 具体的には、まず最初に文学としてのエッセイは、客観的にどういったキャラクターを持っているのか、エッセイの本質と形式をアドルノとルカーチの文献を辿り論じる。そこからエッセイフィルムとの関係をアレキサンダー・クルーゲと共に論じる。次に、エッセイフィルムの成り立ちについて明らかにする。4人の作家に焦点を絞り、1950年代から現代への変遷を考察する。西洋諸国で論じられてきた、エッセイフィルムを背景に、この方法の有効性について考察する。
 インターネットの登場から時代区分を分けて、それ以降のエッセイフィルムの形成の変化について論じる。そして、同時並行で起こったムーヴメントとエッセイフィルムとの境界線はどこか、運動ごとに考察を行い、西洋からアジアへ論点を移す。日本のアーティストがビデオというメディアを使い始めた黎明期について触れ、それ以降の日本のアーティストの活動を年代ごとに変遷をたどりながら焦点を当てて論じる。
 以上を踏まえた上で、私のエッセイフィルム論を展開する。東日本大震災が起きる箇所を最初のタームとし、次に、ドイツでのエッセイフィルムとの出会いについて紹介する。そして、私が独自に企画したエッセイフィルムを作る作家の作品上映を紹介する。そこでは、他者が語るエッセイフィルム論を掲載する。最後に、本論文と共に制作したエッセイフィルム作品『FUKUSHIMA BERLIN 後景 2011-2025』の試みについて紹介し、ドキュメンタリーとエッセイフィルムにフォーカスし結論を述べる。


【日時】
2026年2月17日(火) 15:00-17:20

15:00-16:10 学位申請者・鈴木光による口頭発表(70分)
16:10-16:20 休憩
16:20-17:20 質疑応答および審査評(60分)

【会場】
東京藝術大学大学院映像研究科元町中華街校舎3F 多目的スタジオ

【審査員】
・主査
桂英史(大学院映像研究科)
・副査
高山明(大学院映像研究科)
山城知佳子(大学院美術研究科)
田坂博子(東京都写真美術館)

2026年2月8日日曜日

0207 雪 yuki

大木裕之さんの映画を今日は、kudanハウスで見てきた。

以下、3本。

《松前くんの兄弟の神殿の形1》は、以前見ているしDVDも購入したので今回は見ていない

初っぱな、松前君の旋律IIでまさか、泣いてしまった。

大木さんが使う曲とあの昔のアイドルの曲みたいなのが、それこそノスタルジーを呼び起こしすぎて、頭で考えるだけじゃない、感覚的と全身を使ったその感じる、というものが出ちゃっていて、美しすぎた

実は、3月の後半に Art Center Newの大木裕之追悼展示があるというので、大勢で作品を展示するというので、私も参加予定です!というので今日は本当に久しぶりに個人的にカメラをまわしてみた

家族の死を見たら、今日はそれ関連をまさに撮ったので、そこの間の表現での作品になりそう、

12:30-[Kプログラム]大木裕之 – 松前君のヴァリアシオン(約61分) 

大木裕之《松前君の旋律 II》2004/2014, ビデオ, カラー, サウンド, 22:01

大木裕之《松前君のまんじまんじゅのための映画 (150226 MIX)》2014-2015, ビデオ, カラー, サウンド, 4:00

大木裕之《松前君の赤い (パブリックパンツ) 映画 (20160703 大分mix)》1998-2012/2016, ビデオ, カラー, サウンド, 34:00


14:30-[Lプログラム]大木裕之−家族の死(約71分) 

大木裕之《レフトライトデザイア》2004-2016, ビデオ, カラー, サウンド, 40:00

大木裕之《木三 (ムミ)》2024, ビデオ, カラー, サウンド, 30:00


16:00-[Mプログラム]大木裕之―M・IとMAY(約65分)

大木裕之《M・I 2023》2000-2024, ビデオ, カラー, サウンド, 30:00

大木裕之《メイⅣ 2019-2024》2019-2024, ビデオ, カラー, サウンド, 34:57



2026年2月4日水曜日

 ローザ・フォン・プラウンハイムがすごい

横目で、昨日届いた「つぎの民話」松井至さんの著作を見る、

この本、すごいのは、映像視聴のurlがついていて、エッセイごとにパスワードが載っていること

私的には、他者を撮り始めるとどんどん撮れてしまって、美しさを追いながら、いろいろと外に手を出さざるをえなくなり、扱いが並列し勢揃いしていくようであり、それが人間として良いのか、という問いに付されてしまいそうなので、やりたくない。

自分だけの一回性みたいなものが薄れてきてしまうので、あまりやりたいことではない

しかし、メディア制作者であることを自負した瞬間に、その他者性を勢揃いさせて美しく撮ることが正しいこととなる、しかしところでそれは置いておいて、確かに松井さんの作品には美しさが宿っている。

美術は、その意味では、頑なに正直でありもっと曲がった存在であるように思う。




2026年1月30日金曜日

ジガヴェルトフ集団

ジガヴェルトフが博論の軸の一つなので、ジガヴェルトフ集団の映画を全部見た。10本。「ありきたりの映画」だけ、途中脱落してしまった。ここまで見て思うのは、博論とは別な話だが、やはり、1960年の「勝手にしやがれ」からヴェルトフ集団までの全速力と、2回目の全盛期である1979年の商業映画復帰作「勝手に逃げろ人生」以降を、しっかり見た方が良さそうだ、と気づき、それが、以下15本は、やはり見ておかないと、とおもいなおし、この春休みの課題となる。(ちなみに以下7本は、勝手にしやがれ、気狂いピエロ、中国女、ヒア&ゼア、自画像JLG、映画史、ゴダール・ソシアリスム、は過去に見ていた)(合計17本、まだ先は長い・・・)

カラビニエ (1963年) 

軽蔑 (1963年) 

はなればなれに (1964年) 

恋人のいる時間  (1964年) 

アルファヴィル (1965年)

男性・女性 Masculin féminin (1966年) 

メイド・イン・USA Made in USA (1966年) 

彼女について私が知っている二、三の事柄 Deux ou trois choses que je sais d'elle (1967年)

勝手に逃げろ/人生 Sauve Qui Peut (la vie) (1980年) 

パッション Passion (1982年) 

カルメンという名の女 Prénom Carmen (1983年) 

ゴダールのマリア Je vous salue, Marie (1985年) 

ゴダールの探偵 Détective (1985年)

フォーエヴァー・モーツアルト For Ever Mozart (1996年) 

 愛の世紀 Éloge de l'amour(2001年)


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ジガヴェルトフ集団:

1967年「ウィークエンド」

おしゃれで優雅なブルジョア夫婦の週末、異常な事件の数々が巻き起こる。最後は、突然ベトナムの解放戦線を模したゲリラ集団に誘拐され、これまで制作した素敵なゴダール映画の終焉を予告する感じ。悲劇的なコメディ。


1967年に休止している?同年8月、商業映画との決別宣言文を発表。

1968年ジガヴェルトフ集団結成。


1968年「ありきたりの映画」

同年にゴダールがジャン=ピエール・ゴランと結成した「ジガ・ヴェルトフ集団」名義の第1回作品とした。学生が労働者との共闘について真剣に話し合う言葉に、労働者のストのフッテージが重なる。

学生の後ろ姿が中心に議論とストのアーカイブのフッテージが重なる。5月革命時?

途中で脱落。


1968年商業映画との決別宣言文を発表後、10月に撮影を開始。

「たのしい知識」

テレビで放映されるはずだった映画。

その時代の学生闘争や政府への目線などが闘争というキーワードを元に描かれる。

二人の男女が中心に会話とコラージュの組み合わせ。ゴダールには珍しいポップな広告などが出てくる。

個人的にはこのコラージュかんが好き。


1969年3月「ブリティッシュサウンズ」

1969年3月「プラウダ」

1969年6月「東風」

1969年12月「イタリアにおける闘争」


1971年「ウラジミールとローザ」

革命喜劇。ジガヴェルトフ集団の最後の映画。

革命を思考する被告たち。ブルジョアジーと労働者の話を、事件の模擬裁判を使って被告や囚人という視点で描く。


1972年4月に劇映画に復帰し「万事快調」を制作、その公開で批判され、その1ヶ月後に、ジガヴェルトフ集団は解散。


1972年「万事快調」

非常に厳密にカメラワークが決められた映画。縦移動は無しで、横移動と固定のみで撮影された、過去の映画のような労働者階級対資本家の映画。

1960年代に勝手にしやがれから、1960年代のゴダールの個性が駆け抜け、15本を撮り、そこから脱却し、新しい映画を目指して、過去のスタッフを捨て、ジガヴェルトフ集団で映画制作を行っていたが、その終焉を予告するような、批評家からの厳しい批判。過去の映画のようだ、ゴダールの個性はどこへいった?

その後、一人での映画制作へ入ることになる。


1972年「ジェーンへの手紙」

2026年1月29日木曜日

 昨日、裁判所に行きました

東電に対する低線量被曝についての訴訟といっていいでしょう

母子のみの避難を決断した女性の訴え

前回は、すごい並んでまさか抽選に当たってしまった、もう忘れてしまったがある事件を見た

のと、覚醒剤を購入した男性の裁判を傍聴した

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アレキサンダー・クルーゲの「昨日からの別れ」の最初は、裁判所のシーンから始まる

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そういえば、ドイツのUDK時代、シリアから亡命してきた男性がまだビザを取得していないのにOstkreuzで女性を襲ってしまった事件により強制送還されそうな裁判を見に行った、複雑な状況を思い出して、
いろいろと一直線に頭の中で、ズバンと繋がる 雷を受けた、昨日。

2026年1月22日木曜日

 ゴダールのインタビューを二時間見ただけで、情報量多く、今週と来週は博士の悔いが残らないように手元にあるゴダール作品を粘り強く見きろうと思っている


2026年1月20日火曜日

博論の最後の粘り、

ゴダールのジガヴェルトフ集団で作った作品を全部見ようと、机に齧り付く、

ながーい