2019年2月26日火曜日

作品購入

東京都写真美術館に、作品を購入して頂きました。
このことは、私にとって最大の喜びであり、フェスティバルで作品が上映されることとは全く違う、気持ちがあります。

つまり、私が死んでも作品が残るということであり、これはものを、そして映像作品を作る人間にとって全く言葉が出ません。

作品で頂いたお金は、市民の税金であり、私がほとんど無償で10年間作品を制作し続けてきたことの対価と考えると、すごく重い大切なお金だと思います。
この一部は、作品制作を支えてくれた母にあげたいと思います。

とても、ありがとうございました。

2019年2月21日木曜日

Manila

「MANILA」
Directed by ADOLFO ALIX JR., RAYA MARTIN
Philippines, 2008
を見ました。

街撮影がやばかった


広島市長と被爆者撮影してきました。


ところで、最近、
Compact Prime CP.2 Super Speed PL/EF feet 35mm/T1.5 ⌀114mm
レンズ気になっていて、
ここら辺の組み合わせで何か、document撮りたいですね〜〜
いや、135mmとかで意外と遠くから狙うのは悪くないかもしれない

考え中です


さて、これからGus Van Santのparanoid parkを見ます

明日は、「カメ止め」見ます


2019年2月7日木曜日

東ドイツ/撮影仕事

ベルリン映画祭のメールが毎日来て、そこにWolfgang Beckerの名前が。
彼は、Goodbye Lein!の監督だが。

(この映画の内容は、心臓発作を起こした母のために、ベルリンの壁崩壊の事実を子供達が隠し続けるというものがたり)

最近、実はこの本を読んでいた。
「私は東ドイツに生まれた―壁の向こうの日常生活」
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784885959929

この本は、現在日本でドイツ語を教えている東ドイツの生まれのドイツ人が書いた文章だ。
1989年以前の生活を事細かに書いている。
すごく面白かった。車が東ドイツでどれだけ重要だったか、兵役のこと、家族のこと、諸々。
そして、この映画「Goodbye Lein!」を思い出して、たまらなくいい映画だったなと、思い返した。
https://www.youtube.com/watch?v=xrpJGqGy-Rg

諸々想像するに、壁崩壊前の東ドイツは、それほど悪い世界ではなかったのではないか、と思った。仕事もきっちりと与えられるし、男女平等であるし。

東ドイツ生まれの両親を持つ友人も、両親が東ドイツを懐かしんでいると言っていたことを思い出した。


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ところで、来週 広島に市長と被爆者を撮影しにいきます。
アメリカの核遺産基金のためのものです。訳はあっていないと思いますが。
重要な仕事です。






2019年1月28日月曜日

新しいHP作りました

新しいHPを作りました。
作品の紹介が今までなかったので、必要かなとずっと思っていました。
http://hikarusuzukifilm.work/

2019年1月14日月曜日

トーマスアルスラン

ベルリンで、トーマスのクラスで1年半いたのは、今思い返すととてもよかったと思っている。それがやりたかったことで、これが達成されたことは大きかった。例え、これから作る作品が全くいい方向に進まなかったとしても、いや、そうなって欲しくないと思っているが、もちろん

さて、ここには書くことができない進路の重要な悩みが今月の末に迫っている。
どうなってしまうのか、今年の私は。

トーマスの作品 Geschwister
この映画を見て、彼のクラスに行こうと決めたのだった


2019年1月10日木曜日

マルホランドドライブ

リンチのマルホランドドライブを見ていたらふと、映画1本が彼の個展を見ているような感覚になった

2019年1月6日日曜日

guilty of romance by Shion Sono


 園子温の「恋の罪」を見た後、この映画をなぜ作ったのか、と気になった。愛し方の形を作ることが彼の目的なのか。整理する必要がある。
何か、「映画/映像」とそれがすごく結びついているような気がしてならない。

ちなみに「恋の罪」のポスターは、ベルリンの町中に貼ってあったのだ、だからずっと見たいと思っていた。

 小説家の夫を持つ妻/いづみは、生活の中に厳しい規則を持つ旦那の言う通りに生きている。その生活を繰り返していくうちに、そのつまらない生活を生き生きとしたものにするために、何かしようと思い立つ。スーパーの試食販売員として働き始めるが、そこでAVスカウトの女に出会い, 騙されて、AV出演してしまう。自分が何をやっているのかわからないまま、次々と仕事をこなしていくいづみ、そんな中、渋谷のホテル街である女性に出会う。この女性/美津子は、昼間は、大学の助教授として働くインテリだ。彼女は、何かに物足りなさを感じていて、このホテル街で一人立ちんぼとして自分の体を売っている。「値段はいくらでもいい」と言って、彼女は、出会った男を誘うのだ。美津子はこの街形容する「二人の男女が行き場もなくさまよい歩き、まるで城を目指して歩きまわるものたちのようだ」と。美津子はそのホテル街のど真ん中で静かに眠る廃墟を“城”と呼んで、そこへ男を連れ込み、ことに及ぶのだ。
 映画は、フラッシュバックして、この“城“で11日前に起きた事件を思い出させる。人形と切断された死体の一部が組み合わされて横たわっている。ここでは一体何があったのか。それを観察するもう一人の人物/和子。彼女は、警部でこの事件を調べている女であるが、彼女も色狂いで旦那の後輩と体の関係を持っている。
 ここまでで気づくのは、この3人の主人公の女たちは、性的欲求を抑えることができない人々で、それが言葉でも語れず形容できない“何か”なのである。性欲というものは、厄介で、形もないしお話もすることができない、ただ“その“行為をすることでしか、解決できないのだ。つまり、それが園子温がこの映画でやりたいことだったのか。性的欲求が映画に絡みついている。突然、ギャスパー・ノエの映画「アレックス」を思い出した。
 いづみは、美津子と出会い彼女と時間を共にするうちに、どんどん売春の世界へと足を踏み込んでいく。美津子の父親は大学教授で、その母は、下劣な女だ。そのため彼女は、母親公認の元に売春を繰り返しているのかもしれない。
 いづみが、美津子の紹介でデリヘルの仕事を始めたある夜、美津子が男が待つホテルへ出かけた。そこへいづみも行くことになってしまう。そこで、美津子といづみの夫/由紀夫は、いづみが結婚する前から性行為に及んでいたと知らされる。由紀夫は、妻である/いづみと性的関係を持ったことがないにもかかわらず。その経緯から、いづみは美津子を恨むことになった。最終的に、美津子のおぞましい下劣な母の仕業で、いづみは美津子を殺すことになる。
 3人の女の性への欲望のストーリーが交錯する。
 ところで、園子温は、やっぱり、詩人なんだなぁと改めて。美津子のある詩を読み上げるシーンは、清く凛々しく美しくカッコいい。そして、この詩の文章は、これらの下劣な出来事が全く成し遂げられて、いづみが、落ちるところまで落ちた時に、もう一度使用された時、そこではっきりと新たな意味合いを持ち始める。園子温の映画の魅力は、この詩の力とみなぎる女優のまっすぐで邪悪な演技にあるような気がする。
 なんだか全然言い足りないような気がするが、誰かと話したい。