2019年4月14日日曜日

マイルストーンズ

ロバートクレーマー「マイルストーンズ」見ました

もう何がなんだかわからない、迷宮状態で、モザイクとは確かに言ったものだ

ただ、その時代に生きた人々の”ある思い”なるものが映画の中に確かに映し出されていたような気がするが、しかし、それはクレーマーの仕事のやり方なのか、すごくゆっくりとした物語られ方で進んで行く シーンとシーン 複数の物語が存在する

すごく直接的に見るものを単純なストーリーへと導いて行くわけだが、その単純さゆえに、プリミティブな映画の発生や極めてドキュメンタリー的な生ものを、見るものは直接食べることになる 

私は、出産シーンで泣いてしまった 女性が、出産する時が一番綺麗だというのを聞いたことがあるが、そのシーンは、美しすぎて、みんなハッピーで、嬉しくて、そこに感動して泣いたのだ。幸せで泣いたことなんて考えてみればあまりなかった

素晴らしい映画だった

もうちょっと大人になったらDVDを購入することにします


2019年4月11日木曜日

死ぬか

メカスの映画をみていた
友人の人の死の数日を撮ったものだった

そういえば、ふと最近買って読んだ芥川賞をとった小説でも葬式のことが描かれていた

メカスは12月24日生まれだ

伊丹十三のヨーロッパ放浪のエッセイを立ち読みしたら、
彼のデビュー作は、
「お葬式」という映画だったと書かれていた?

いや、自分が死ぬときに、自分のものがちゃんと残されているのだろうか

作品は重要のようだ

2019年4月8日月曜日

文科省で現在

就職しまして、
現在文科省で、大臣会見ニュース送出、働き方改革映像作成(撮影/編集)仕事など、関わっております。

番組制作には、現在はまったくです、
たくさんの東大生の中に混じって、硬い仕事やな〜〜

いやこれからです、人生、
もっと何かやりたい

2019年4月6日土曜日

体感する映画

この映画、波と海を体感する映画 自然がテーマになっている
全然何も起きないけれど、どこか遠くの自分が知らない場所へ連れ出されてしまったような感覚に陥る映画だった。
ガス・ヴァン・サントの「GERRY」を思い出したが、
あのサスペンスはない。
詩的で私的で実験映画のようだった
これってロードムービーって言えるんじゃないだろうか
忘れていたこの気持ち、
どこかに行きたい、そして
そういえば、ロードムービーを作りたいと思っていたっけ
私。
見て欲しいです、この映画


2019年4月4日木曜日

例えば

例えば、誰かにノスタルジックだと言われようが、
誰かに幼い感情だと言われようが、
何かを美しいと感じたり、
しみるような瞬間を突然感じることってあると思う
そういうのが好きなんだろうと思う
それを例えば、ドイツ語ではSchönとドイツ人は言うかもしれないし、
自分の作品のどこかにどこかそういう部分を持っていた

この映画はそんな映画なようなきがする
Schön/いいね
みたいな

これをわからないと言われて
でもわからないかな、
だからやるか
って
そういうことかもしれないっす
山に登ろう

極私的であり続けなければならない

2019年4月2日火曜日

い/ま

い/ま

また いつか近いうちに何にも縛られない、 
仕事とは全く関係ない、何か自分のい/ま欲求なる何かを作品にしたいです

今年は35年の間で多分、一番大きい瞬間があったと思う、

それを

何かしらの形で、

伝わらないものを作りたい、

伝わるものは仕事でやっている



2019年4月1日月曜日

漂うがごとくChơi Vơi

「漂うがごとくChơi Vơi」という映画を見た

この映画は、タクシー運転手とその男と付き合って約3ヶ月で結婚した女の話である。
タクシー運転手は、優しい男で母親からの子離れがあまりできていない。この嫁にきた女性は、なぜこのタクシー運転手と結婚するlことになったのか、どこにもこの女性と男の愛を感じる瞬間がこの映画の中にはない。Sexレスで、いやそもそもそれすら存在していなかったようだ。途中に現れる”トー”という名の男は、モテモテで、すでに二人の女から想われているが、何もしない。彼は、突然この人妻をたびに誘う。そのたびについて行こうか揺れる彼女だったが、結果ついて行ってしまう。そこには、彼女のみならず謎のこの”トー”を想う女も一緒についてくるのだが、その彼女は、突然ある日の朝、旅先で死んでしまう。最終的には、この人妻は、この”トー”との淡い情事にはまっていくわけであるが、全くその場面は、に酔わされるだけで描かれることはない。タクシー運転手の存在は、性欲がない男で、存在が大変希薄である。一体監督は何を描きたかったのだろうか?この映画には、全くといっていいほどの強烈な主人公のキャラクターという個性や存在が欠けているのだ。最後に示されるある情事が終わった後に、自分の妻を自分のタクシーに載せている場面があるのだが、私の解釈では、彼はどうやら、この美しい女性に恋い焦がれるタクシー運転手でしかなく、彼は、それを実際手に入れたにもかかわらずどう自分のものにしていいのかわからない魂を持っていて、欲望の薄いタクシー運転手という人間にとどまり彼女を乗せて結果走るしかない、タクシー運転手という運命を持った人間でしかないのだ。なんて風変わりな映画なんだろう。